NotebookLMを活用してマイケル・ホワイトの治療的会話を読み解く

はじめに

家族療法、とりわけナラティヴ・セラピーの分野において、創始者の一人である故 Michael White 氏のアプローチは、現在も多くの臨床家や研究者に多大な影響を与え続けています。氏の著作や理論に触れる機会はあっても、実際のセッションでその哲学がどのように具体的な言葉となり、家族に変化をもたらすのかを直接目にする機会は多くありません。

多くの方が、「ナラティブセラピーの理論は学んだものの、実際のセッションでどう応用すれば良いか分からない」、「White のような熟練したセラピストは、複雑な状況でどのような質問をするのだろうか」といった疑問を抱えているのではないでしょうか。

幸いなことに、Michael White 氏による実際のセッション動画は、いくつかの場所で視聴できます。今回はその中から、YouTube で公開されている「Escape From Bickering(口論からの脱出)」というセッションを取り上げます。このセッションには、放火歴のある兄 Mike と、彼との絶え間ない口論に悩む妹 Debbie 、そして 2 人を見守る両親(Vicki と Dan )が登場し、複雑な家族関係が描かれています。

このノートでは、Google の AI ツールである NotebookLM を活用し、貴重なセッション動画の内容を読み解くためのアイデアをまとめています。NotebookLM に質問することで、Michael White 氏が実践した治療的会話の微細なニュアンスや意図を、より深く理解できるのではないかと考えています。

この記事を読むことで得られること

  • NotebookLM を用いて、セッションの詳細な記録(文字起こし)から重要な会話ポイントを効率的に抽出・分析する具体的な手順
  • Michael White が用いたナラティブ・セラピーの代表的な介入(外在化ユニーク・アウトカム の探求、再著述定義的なセレモニー など)が、「口論 (bickering)」というテーマにおいて、実際の会話でどのように展開されるかを理解するための多様な質問例
  • AI ツールをテキスト分析や学習に応用する際のヒントと留意点

対象読者

  • 家族療法やナラティヴ・セラピーに関心をお持ちの対人支援職の方
  • 心理療法やカウンセリングを学んでいる大学院生・学部生の方
  • Michael White の業績やナラティヴ・セラピーに関心のある方
  • AI ツールを専門分野の学習や研究に活用したいとお考えの方

分析するセッション動画

今回の分析で参照する Michael White 氏のセッション動画(Escape From Bickering Session 1-3)は、Dallas Theological Seminary の YouTube チャンネルで公開されています。

Session 1: Case Discussion

Session 2: Family Consultation

Session 3: Concluding Review

Step 1: NotebookLMへ情報源を読み込む

はじめに、NotebookLM に対象となる動画資料を読み込みます。

  • NotebookLM にアクセスし、Google アカウントでログインします。
  • 「+ 新しいノートブック」をクリックします。
  • 作成したノートブック内で、「リンク → YouTube」を選択します。
    • 表示された入力欄に、セッション動画の YouTube リンク (下記) を貼り付けます。
      • https://www.youtube.com/watch?v=_QsVpEn9ziM
      • https://www.youtube.com/watch?v=sR7pwi3gHlM
      • https://www.youtube.com/watch?v=t3VkoiIOIX8
  • NotebookLM が動画の文字起こしを自動で抽出し、処理を開始します。
    • 処理が完了すると、ソースに動画タイトルが表示され、分析可能な状態になります。

Step 2: 治療的会話を読み解く質問例

情報源の準備ができたら、NotebookLM に具体的な質問を投げかけ、セッションの内容を深く理解していきましょう。ここでは、分析を多角的に深めるための質問例をいくつかご紹介します。これらの例を参考に、ご自身の関心に合わせて質問をさらに発展させてみてください。

セッションの開始と関係構築

White はセッション冒頭で、家族が初めてBARTに乗ったことや地震の被害について話していますが、これらの会話にはどのような意図があったと考えられますか?ラポール形成以外に考えられる目的はありますか?

家族が提示した主な関心事(Mike の放火、Mike と Debbie の口論)に対し、White は最終的に Mike の希望を受け入れて「口論 (bickering)」に焦点を移しました。この決定の背景にある治療的な意図は何だと推測されますか?

Mike が冒頭で White にテレビ出演やニュースキャスターのサインについて尋ねる場面は、彼のどのような側面を示していると考えられますか?White はその要求に直接応じませんでしたが、その対応にはどんな意味がありそうですか?

「問題」の捉え直し:外在化と文脈理解

White は、Mike と Debbie 間の「口論 (bickering)」という問題を、どのように「外在化 (externalize)」しようと試みましたか?概要の中から、それを試みている具体的な会話や質問の例を引用して示してください。

「口論 (bickering)」という言葉以外に、この兄妹間の対立的な相互作用を表現する他の言葉やメタファーはセッション中に現れましたか?

Mike が語る「施設の不公平な扱い」と、彼自身が Debbie に対して行っていると非難される行動(例:友人前での辱め)の間に関連性は見いだせますか?White はその点に触れましたか、あるいは触れなかったとしたらなぜでしょうか?

放火という「古いストーリー (old story)」について、White は直接的にその詳細を深掘りするのではなく、Mike の母親 Vicki が提示した「写真 (picture)」という形で扱いました。このアプローチにはどのような利点と意図があったと考えられますか?

「ユニーク・アウトカム」の発見と探求

このセッションの中で、支配的な問題の物語(放火や口論)に当てはまらない「ユニークな結果 (unique outcomes)」として、どのようなものが現れましたか?(例:兄妹それぞれの成長、お互いを肯定的に見る視点、両親の認識など)概要から具体的な事例をできるだけ多くリストアップしてください。

White は、発見されたユニークな結果 (unique outcomes)(例:Debbie の整理整頓能力、Mike の家事遂行)を、どのように「行動の風景 (landscape of action)」と「意識の風景 (landscape of consciousness / identity)」を探る質問を用いて豊かにしたと考えられますか?概要から推測される具体的な質問例を挙げてください。

Debbie が自身を「もう子供ではない」「前向きな人物 (forward-looking person)」と語る背景には、どのような経験、価値観、他者との関係性が影響していると考えられますか?

Mike が自身の成長を「主導権をとる (taking the initiative)」と表現したことについて、White はどのように反応し、その意味を探求したでしょうか?

「抵抗」と「主体性」の物語の共構築

Mike が施設の扱いに「ストライキ (strike)」を考えたことや、Vicki がCountyに「抗議 (protest)」している状況を、White はどのように捉え直し、「抵抗 (protest / resistance)」「主体性 (agency)」「開拓的な仕事 (pioneering work)」といった肯定的な意味合いを与えましたか?

「開拓的な仕事 (pioneering work)」という言葉を選んだ具体的な意図は何でしょうか?この言葉が家族に与えたであろう影響について考察してください。

Vicki が Mike の「古いストーリー (old story)」に抵抗 (resist) し、Countyと交渉する際の原動力や信念は何だと考えられますか?概要から読み取れる彼女の言葉を引用してください。

White は、家族が持つ「ファンダメンタリスト」という宗教的背景を、セッションの中でどのように扱いましたか?質疑応答で触れられた「悪に対する抗議 (protest)」という再構築の可能性について、White 自身の見解はどうでしたか?

Step 3: セッション全体の流れと変化、治療的介入の意味を探る

個別のやり取りだけでなく、セッション全体の流れや、White の介入、リフレクティング・チーム (reflecting team) の影響など、より大きな視点からの問いにも注目してみます。

関係性の変化と新しい物語の生成

セッションを通じて、Mike と Debbie の関係性にはどのような変化の兆しが見られましたか?「口論 (bickering) から解放されたい」という両者の願いや、お互いの良い変化(成長、忠誠心など)を認め合う発言に注目して説明してください。

両親(Vicki と Dan)は、子供たちの関係性の変化(口論からの脱却の可能性)に対して、どのような期待や希望を表明しましたか?

White は、Mike と Debbie がお互いの成長を認め合っている点を、二人の関係性改善の可能性にどのようにつなげていきましたか?具体的な会話の流れを推測してください。

放火という「古いストーリー (old story)」と、Mike が将来「消防士」になりたいという希望の間にある関係性(あるいは非連続性)を、White はどのように扱いましたか?

「古い写真」から「新しい写真」へ - 定義的セレモニー

White は、Mike の「古い写真 (old picture)」(12歳の放火)と、セッション中に現れた「新しい自己像 (new sense of self)」をどのように対比させましたか?そして、「古い写真を魔法のように消す」というアイデアから「定義的なセレモニー (definitional ceremony)」の提案へと繋げた意図とプロセスを説明してください。

「古い写真 (old picture)」というメタファーは、家族(Mike, Debbie, Vicki, Dan それぞれ)にとってどのような意味を持っていたと考えられますか?

「定義的なセレモニー (definitional ceremony)」(例:ケーキを焼く)について、White は具体的にどのような効果を期待していたと考えられますか?質疑応答での Barbara Myerhoff への言及も参考にしてください。

セッションの最後に、White が家族に手紙を送ることを提案し、各自の希望する用紙の色まで尋ねた意図は何だと思いますか?

リフレクティング・チームと外部の視点

リフレクティング・チーム (reflecting team) は、セッション中の家族の会話から、どのような「見過ごされていた可能性」や「肯定的な側面」を拾い上げ、光を当てましたか?概要から具体的なコメントを複数挙げてください。

リフレクティング・チーム (reflecting team) のコメントは、その後の家族の会話(再度の話し合い)に具体的にどのような影響を与えましたか?家族はチームのコメントをどのように受け止めましたか?

リフレクティング・チーム (reflecting team) の存在やコメントは、家族が自分たちの物語 (story) を「外部の聴衆 (audience)」に語り、それが受け止められるという経験に、どのようにつながったと考えられますか?

White の治療哲学と介入スタイル(質疑応答より)

質疑応答で、White は自身の介入(例:放火より口論を優先した理由、指示的に見えた点)について、どのような治療哲学に基づいて説明していますか?彼の考え方をよく表している発言を引用してください。

White が「スキルの輸入 (importation of skills)」に異議を唱え、「固有の知識 (indigenous knowledges)」や「主体性 (agency)」の強調を主張した背景にある考え方を、セッション中の彼の介入と関連付けて説明してください。

White が「遮る (interrupting)」のではなく「注意を払う (attending)」ことの重要性を述べた点について、このセッションで具体的に White が何に「注意を払った (attended to)」と考えられますか?

White が提示した「ストーリーが建築家 (stories are the architects)」というメタファーや、「新しいストーリー (new story) が 古いストーリー (old story) を凌駕する (out-ripple)」という考え方(Gregory Bateson の引用と共に)は、このセッションにおける家族の変化を理解する上で、どのように役立ちますか?

これらの質問例は出発点です。NotebookLMとの対話を進めながら、さらに疑問が湧いたり、新たな分析の切り口が見つかったりすると思います。ぜひ、ご自身の関心に従って自由に質問を発展させてみてください。

Step 4: 分析結果をポッドキャスト化

NotebookLMでのテキスト分析を通して、Michael White のセッションに関する様々な洞察が得られたら、その内容を分かりやすく要約し、共有する方法として NotebookLM の「音声概要」機能が役立ちます。この機能を使うと、ノートブックの内容に基づいて、AIが自動でポッドキャスト風の音声コンテンツを生成してくれます。

簡単な作成手順

  1. 画面右部に「音声概要」の「生成」ボタンがあります。
  2. ボタンをクリックすると、AIがノートブックの内容を分析し、音声概要の生成を開始します。
  3. 生成が完了すると、音声ファイルを再生したり、ダウンロードしたりすることができます。

生成された音声概要(ポッドキャスト風)の例

実際に上記の手順を使い、読み込んだセッション動画についての音声概要(ポッドキャスト風)を作成してみました。

Step 5: テキスト分析を超えて

NotebookLMは、膨大なテキスト情報から重要なポイントを抽出し、分析を効率化するための強力なツールです。しかし、それだけで Michael White の臨床実践の豊かさや、家族の変化の機微を完全に捉えることは困難です。

テキストだけでは捉えきれない豊かさ

NotebookLMによるテキスト分析は非常に有用ですが、それだけでは Michael White の臨床実践の全体像を捉えることはできません。**ぜひ、実際のセッション動画も視聴することをお勧めします。**なぜなら、そこには文字起こしだけでは決して伝わらない、以下のような重要な情報が詰まっているように思うからです。

  • 非言語的な振る舞い: Michael White の穏やかながらも意図を持った表情、声のトーンの変化、話すスピード、間の取り方、姿勢、ジェスチャーなど。これらは、彼の言葉と同じくらい、あるいはそれ以上に、家族に影響を与えている可能性があります。
  • 家族メンバーの反応: 特に Mike や Debbie が、White の質問や他の家族の発言に対して示す、言葉にならない表情の変化、視線の動き、体のこわばりやリラックスした様子など。これらの非言語的な反応は、彼らの内面的な経験や関係性のダイナミクスを理解する上で重要な手がかりとなります。
  • セッション全体の雰囲気: 部屋の空気感、緊張感や安堵感の変化、家族間の相互作用の微妙なニュアンスなど。これらは、テキストだけでは想像するしかありませんが、動画であれば直接感じ取ることができます。

テキスト分析を手がかりとしてセッション動画を視聴する

NotebookLMでのテキスト分析で得られた問いや仮説(例えば、「この質問をした時の White の意図は何だろう?」「この発言をした時の Debbie はどんな表情だったのだろう?」)を念頭に置きながら動画を観ることで、White の介入の意図や家族の変化のプロセスがより深く、立体的に理解できるようになるのではと思います。

逆に、動画を観ていて気になった点(「なぜここで White は沈黙したのだろう?」「Mike が急に早口になったのはなぜだろう?」)について、NotebookLMで関連するテキスト箇所を検索し、前後の文脈を確認することも有効だと思います。

AIによるテキスト分析と、人間による動画視聴(とそこからの洞察)は、互いを補完し合う、いわば車の両輪のようなものです。両方を活用することで、より豊かで深い学びが得られるでは。

AIの分析結果を批判的に吟味する

繰り返しになりますが、AIの分析結果を鵜呑みにせず、常に批判的な視点を持つことが不可欠だと思います。

  • 文脈の理解: AIはテキスト情報に基づいて回答しますが、会話全体の流れやその場の雰囲気は考慮できません。
  • 解釈の主体: AIは情報抽出やパターン発見は得意ですが、臨床的な意味合いを深く解釈するのは私たち人間の役割であると思います。
  • 文字起こしの精度: YouTubeの自動文字起こしは完璧ではありません。AIの回答に違和感がある場合は、文字起こしの誤りも疑ってみましょう。

まとめ

このノートでは、GoogleのAIツール「NotebookLM」を活用し、Michael White のセッション動画を分析することで、ナラティヴ・セラピーの治療的会話を読み解く試みを紹介しました。

  • セッション概要とナラティヴ・セラピーの概念に基づいた多様な質問例を提示し、AIを活用して多角的に分析を深める方法を示しました。これにより、外在化、ユニーク・アウトカムの発見と探求、再著述、定義的なセレモニーといった介入の具体的な展開や、抵抗と主体性の物語がいかに紡がれるかを探求できます。
  • 「ストーリーが建築家」という White の哲学や、「新しいストーリーが古いストーリーを凌駕する」ことの重要性を、セッションの文脈で理解するための視点を提供しました。
  • AIによるテキスト分析は強力な武器ですが、それだけでは不十分であり、実際の動画視聴を通じて非言語情報やセッションの雰囲気を捉えることの重要性を強調しました。NotebookLMによる効率的な分析と、動画視聴による深い観察を組み合わせることで、学びは何倍にも豊かになるのではと思います。
  • AIの分析結果は常に批判的に吟味し、文脈の中で解釈する必要があることを再確認しました。

この分析プロセスが、Michael White のアプローチやナラティヴ・セラピーの実践知を深め、日々の臨床や学習に新たな視点をもたらすきっかけとなれば幸いです。

参考資料

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ナラティヴ実践地図
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ナラティヴ・プラクティス
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ナラティヴ・セラピー - 社会構成主義の実践
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リフレクションズ - ナラティヴと倫理・社会・スピリチュアリティ
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ナラティヴ・セラピー・クラシックス - 脱構築とセラピー
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ナラティヴ・セラピーの会話術 - ディスコースとエイジェンシーという視点
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ナラティヴ・アプローチの理論から実践まで - 希望を掘りあてる考古学
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ナラティヴ・セラピー・ワークショップ Book I - 基礎知識と背景概念を知る
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ナラティヴ・セラピー・ワークショップBookII - 会話と外在化、再著述を深める
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